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【10章 続・会社の顔】

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コラム :ある新入社員の成長記録


「久しぶり。元気そうでよかったけど、少し難しい問題が発生しているみたいだね」

瀬良くんを座らせた藤沢GMは、いつもと変わらない穏やかな口調で切り出した。

「状況を聴こうかな」

「・・・君から説明してよ」

土田さんはこれ以上ないくらい不愛想な感じで瀬良くんに話を振った。
そんな土田さんにチラリと目を留めた藤沢GMだったが、何も言わず、瀬良くんに視線を戻した。

瀬良くんは、さっき我々に話した内容をほぼ相違なく藤沢GMに向けてリピートした。
頷きながら聞いていた藤沢GMは、瀬良くんの話が終わるとゆっくりと口を開いた。

「レオさんは、どんな条件を提示したの?」

やはり、藤沢GMとしても、確認しておきたいところだろう。

「・・・・・」

「ん?」

「条件は機密情報だと思うので、お答えできません…すみません」

静かだけど、きっぱりとした口調だった。
土田さんの顔色が変わった。

「はぁ? ちょっと、君、よくそんなこと言えるね!?」

「・・・・・」

「君の内定辞退で、藤沢GMの立場がどうなるかわかってんの!!??」

「土田」

制した藤沢GMを無視して、土田さんは続けた。

「君の採用を前倒しするために、社内でめちゃくちゃ調整したんだよ、こっちは!
君が必ず入社するって言ったからでしょ!?藤沢GMはその責任者なん、」

「土田ッ!」

いつにない藤沢GMの厳しい声に、一気に場の緊張感が高まった。
僕も心拍数が上がって、息苦しくなってきた。

ふぅ…と一息入れて、口を開いた藤沢GMはいつも通り冷静沈着な口調だった。

「土田、ここは私が話すから、ちょっと待っててくれないか?」

「・・・はい、すみません」

藤沢GM、どうするんだろう…
ゆっくり言葉を選んでいたのか、少し間を置いてから、藤沢GMは再び口を開いた。

「瀬良くん、あなたがどういう人かは私なりに理解しているつもりだよ。
責任感も忠誠心も強くて、自分の発言がどういった影響を及ぼすか理解できる聡明さがある。
だからこそウチは、あなたをどうしても採用したかったし、今でも可能ならあなたに考え直してほしいと思っている。

でも、それはもう難しいよね…だとしたら、せめて正確な情報だけは教えてほしい。

我々はあなたを採用するために、コストや労力を掛けてきた。
でもあなたは入社しないという。
だからといって、そんなあなたの首に縄をつけて入社させることはできないよね。
あなただったら、この状況がどういうことを意味するか…分かるよね?

シンプルに言うと我々は何も得られず、コストや時間や労力だけを失ったことになる。

一方で…、レオさんは、すべてを手に入れることになる。
あなたのような優秀な人材も、我々の採用プロセスに関する情報も…。

これは、あまりにもアンフェアだと思わない?」

藤沢GMの話にハッとなった。
確かにそうだよな…レオ、汚いよな…。
いや、僕がよくわかっていないだけで、ビジネスってこういうものなのかも…

でも、ハッとなったのは、瀬良くんも同様だったらしい。
さっきは頑なな感じだったけど、今は別の意味で深刻な表情になっている。
たぶん、自分の判断がどういう意味をもっているのか、
うちに対して実際にどれくらいの損を出すのか、正確に理解した感じ…
って、僕もやっとだけど。

「そう…ですよね…すみません…」

かすれた声を絞り出した瀬良くんは、ちょっと葛藤しているようだった

少し間があった。
藤沢GMは、穏やかな表情で待っていた。
土田さんは、無表情だったけど、何かを深く考えているようだった。

「正直、レオのためもありますけど、…
ぞれ以上に、家の恥のようなお話で、言いにくかったというのが本当で…」

意を決したように、瀬良くんが話し出した。

「福利厚生っていうのは、金銭的なことです。ご指摘の通りです。
うちはお金が必要っていうか…僕がどれくらい稼げるか…、稼げるっていうのは違うかもしれないけど…
経済的に家族を支えられるかとか、そういうのがすごい大事なんです…」

僕たちは、黙って耳を傾けた。
彼の家の事情をこうやって話してもらうことが、正しいのか、間違ってるのか、僕にはわからなかった。
少なくとも、僕なんかには、話したくはないだろうな…

「うちは、僕が10歳の時に両親が離婚して、ずっと片親なんですけど、
やっぱり経済的にかなり苦しいっていうか…大学の授業料も奨学金で…
ぼく、妹と弟がいて、妹、今、高2なんですけど、もうすぐ大学受験で…
本当は、W大学行きたいってずっと頑張っていたのに…
でも、自分が…大学行こうとすると…弟が行けなくなるからって…だから、もう、大学は諦めようとしてて…」

聴いていて、なんだか切なくなってきた。
瀬良くんが苦しい胸の内を吐露しているのはわかったし、
給与の意味が、僕なんかとは違う重さをもっていることもわかった。

「レオ・フィールドから提示されたのは、給与の増額と…奨学金返済のサポートです…」

「サポート? て、いうのは、具体的に?」

藤沢GMの視線がやや鋭くなったのは、気のせい…かな。

「借りている分を一括返済できるように、お借りすることになってます。
あ、これは会社ではなくて、カジノさんから個人的に…ですけど」

「カジノさん…レオの会長だね」

「はい」

「瀬良くん、カジノさんからお金を借りてまで、どうして一括返済したいの?君の奨学金は無利子だよね?」

そっか、土田さんなら、瀬良くんの奨学金のことも知ってておかしくないよな。

「うちの給与水準は高いはずだよ。君が奨学金を返済できるくらいの金額は…」

「…お金、借りられないから…」

「ん?」

「妹を大学に行かせたくても、家にはお金ないですし…でも、妹に借金、背負わせるのはかわいそうだなって…
年末に、実家に帰ったときに、母親が、申し訳ない、申し訳ないって、泣いてて…

だから僕がお金を借りて、行かせてやれたらって…
あの、妹は、ずっと家のことをやってきてて…弟の面倒も誰よりもみてくれてて、
高校入ってからは、バイトしながら、洗濯とか掃除とか、ほんとにぜんぶ妹がやってて…
だから、今度は妹のために何かしてやりたいっていうか、恩返ししたいなってずっと思ってて…
でも、奨学金が残ってると、お金、借りられないから…」

我々3人は、黙りこんでしまった。
それぞれが、色々な思いを巡らせている、そんな感じだった。

「そっか…責任感の強いあなたらしいね。なんだか切なくなったよ…」

藤沢GMの声は、本当に優しくて、この人は、人の上に立つ人なんだなって、僕は心から思った。
土田さんからは険しさが消え、穏やか表情になっていた。
何となく、それじゃあ仕方ないよな、って思っていそう。

椅子にもたれかかっていた藤沢GMは、改めて上体を起こし、瀬良くんに向き合った。

「瀬良くん、話してくれてあり。言いにくかっただろうに…悪かったね」

「いえ!最初からきちんとお話しすべきでした」

瀬良くんは責任を果たしたからだろうか、スッキリとした表情で、
僕が知っている優秀な瀬良くんに戻っていた。

この場は、これで収まるんだろうな…さすが藤沢GM。

「ただね…」

ん?

「あなたは、本当にそれでいいの?」

ん?
藤沢GM、何言い出すの??
土田さんも、予想外の切り込みに、藤沢GMに視線を向けた。
そんな視線は意にも留めず、一言ずつ、噛みしめるように、藤沢GMはもう一度言った。

「瀬良くん、あなたは、本当に、それで、いいの?」

「・・・」

「言葉を選ばずに、あえて言うよ。ここで言わないと、もう伝える機会がないから」

藤沢GMは一呼吸置いた。

「あなたは、自分の人生を、カジノさんに売ったんだよ」

「え…」

人生を売った…
思いがけない強い言葉に、僕は衝撃を受けていた。たぶん、土田さんも、そして瀬良くんも。

「瀬良くん、よく考えてみて。
もし、借りたお金を返す前にレオ・フィールドを辞めたいと思ったとき、あなたはどうする?」

「え…、どうするって…」

「そうなった時の取り決めはしたの?」

「…取り決め…?」

「あなたに限らず、私たちは、誰もが職業選択の自由を憲法で保障されているのよね?
あなたは、その自分の権利をちゃんと守れる?」

「…たぶん…カジノさんは、お金を貸しているから辞めさせないとか、そんなことは言わないと思います!」

瀬良くんの声は、確信を得たように、徐々に力がこもっていった。

「うん、そうだろうね」

「え?」

藤沢GMのあっさりとした返したに、肩透かしを食ったように、瀬良くんはきょとんとしている。

「うん、カジノさんはNoとは言わない、私もそう思うよ」

「・・・じゃあ、どういう・・・」

「そうじゃなくてね、あなたは、その権利をちゃんと主張できる?」

「・・・」

「お金のことは置いておいて、辞めさせてほしいって言える?」

「・・・」

「私の予想だけど…あなたは、きっと言わないよね」

「・・・」

「言わないと思うよ」

「・・・」

「そんな人だから、あなたはこうやって評価されているんだもんね」

「・・・」

「・・・」

「そ、う、かもしれません…」

いま、藤沢GMは確信に触れようとしている。

「カジノさんも、そんなあなたの性格は見越しているよ。
取り決めなんかしなくたって、あなたは辞めたいとは言わない。たとえどんなにしんどくてもね。
お金を借りた恩義を感じて、レオ・フィールドという会社のために一生懸命やるだろうって、そう思っているよ。

彼は会社の経営者だよ。ましてやカジノさんは創業者でもある。
あなたを大事に思っていることは間違いないだろうけど、打算やメリットは十分計算しているはずだよ」

「・・・」

「あなたの判断に、私はどうのこうの言うつもりはないよ。
ただ、あなたが常に自分らしく生きていけるように願っているだけだよ」

「・・・」

あなたが常に自分らしく…そんな言葉がここで出てくるなんて…すごいよな、藤沢GMって。

「…ありがとうございます…」

「いったん、今日の話はあなたの判断として預かっておくよ。
一週間以内に連絡がなければ、あなたの内定辞退は受諾する。
もし、この先に我々に何かできそうなこととか、相談したいことがあったらいつでも連絡して。
とりあえず一週間は待っているから」

去っていく瀬良くんの様子から、彼がどうするつもりなのかは判断できなかった。
でも、彼の将来によっては、ものすごく大事な判断になることは間違いなかった。

彼を見送ったエレベーターホール。
藤沢GMは土田さんに向き直った。

「土田、今回はなかなか難しかったな」

「…はい」

「自分の対応としては、どうだった?」

「思わずカッとなって、冷静さを失ってしまいました」

「自覚があるんなら、大丈夫だな」

「すみません」

「ここから先は、岩本にも伝えておきたいんだけど…」

急に矛先が向いて、僕は驚いた。

「はい!」

「まず1つ目。ビジネスには駆け引きがつきものだってこと。
言葉は悪いけど、時には打算的に、時には先を見越して対応することも必要なんだよな。
レオのやり方は強引だけど、正直賢いなと思ったよ。やられたよなぁ…。

だから、こちらもある程度、勝負に出た。
ん?意外か?もちろん、嘘はないし、本心でもあるよ。結果は、彼次第だけどね。

やっぱり、ああいった場面で冷静さを失うことは危険だからさ。
判断を誤ったり、無駄な損失を背負うこともある。

さっきの土田の対応は、何も生まないし、それどころか、相手を感情的にしてしまうと、
あとから良からぬ情報を流されるリスクだってある。

相手が誰であっても、どんな状況であっても、君たちは一人ではないよ。
でもね、だからこそ、君たちの言動のすべては、会社の責任の範疇にあることを覚えていてほしい」

「はい」

「私は、常に冷静である訓練をしているんだ」

「冷静である訓練…」

「そう。これは訓練なんだよ」

「藤沢GMが、そんな訓練されていたなんて、ちょっと驚きです」

「効果的に訓練するためにも、常に自分が会社の顔あることを意識しておくといいよ」

「会社の顔…」

「そう、より大きなものを背負っているイメージを描いておくこと。
そうするとね、不思議と冷静さ失わないんだよ」

「はい…」

デスクに戻った僕は、藤沢GMの言葉を反芻していた。
たぶん、土田さんも。

駆け引き…
会社の顔…

僕は、今、そんな世界にいるんだ…


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