~岩本絢太郎の日常~【4章 脱皮】

- 新入社員向け
コラム :ある新入社員の成長記録
お盆休みも終わり、慌ただしい毎日を過ごしていたら、いつの間にか夏も終わりに近づいていた。
でも、最近の僕は、いまいちエンジンがかからない。
理由は、部署内の人間関係というか、本多さんと福原というか…
7月下旬に異動してきた福原について、苦手意識を持った僕は、
他部署から聞いた情報を本多さんに伝えたところ、すごくネガティブな反応をされてしまったのだ。
その後、本多さんの僕に対する態度がちょっと冷たいというか…
本多さんからは何も言われないので、僕もどうしていいかわからない。
そんなにマズイことしたのかなぁ…そんな疑問もあるけど、何だろう、
僕の中では重い何かが引っかかっていて、自己嫌悪にも似た感情が消えずにいた。
「岩本、福原、SPM経由で急ぎの案件が入ってきた。ミーティングできるか?」
「あ、はい」
「もちろんでーす!SPM経由かぁ。わくわくするなぁ」
なんだか、この福原のテンションが苦手なんだよなぁ。
「以前、運動会をサポートしたアーティエンス商事さまからのご依頼で、新しいイベントのお手伝いをすることになった」
本多さんが概要や手順を説明する。確かに今回のイベントは新しい取り組みだし、
わくわくしたくなるようなものだったけど、僕の心はすっきりしない。
気のせいだろか、重要な仕事は、主に福原に割り振られているような…
「はぁあ」
小さく漏れた溜息が、本多さんの耳に入ったようだ。
「なんだよ、岩本?」
「あ、いえ、がんばります…」
本多さんと目を合わせることができない自分がいる。
「もお、岩本!テンション下げるようなことするなよな!」
そして、福原の一言はいちいち癪に障る…
終業時間になっても、僕の仕事はまだまだ終わりそうになかった。
既存の案件を2つ抱えているうえに、今日、また急ぎの案件が入ってきた。これから約1ヶ月間はめちゃくちゃ忙しくなりそうだなぁ。
こんなネガティブ状態では、この忙しさは乗り越えられないかも…
どうしよう…
あ…
唐突にある人が頭に浮かんだ。この人に相談してみようかな…
そう思うや否や、僕はマーケティング部に向かって歩き出していた。
会いたい人は、中川さん。
そう、僕のネガティブ状態の理由というか、一連の出来事を知っている人だ。
帰宅しようとしていた中川さんの後ろ姿を見つけたとき、僕の悩みは半分解消したような気になった。
「あの、中川さんっ!」
思いがけず大きな声になったしまった。驚いて振り返る中川さん。でも、僕の顔を認めるとにっこりとほほ笑んでくれた。
「あれ、いわもっち、おつかれさま。どした?」
朗らかな声を聴いたとき、僕は肩の力が抜けるようだった。この人に相談しようとしたことは間違いなかったと確信した。
中川さんは娘さんのお迎えあるのに「15分だけなら」と、僕の話を聴いてくれた。
福原に対するネガティブ感情のこと。
他部署での話を伝えてから、本多さんとぎくしゃくしていること。
福原のほうが尊重されているように思うこと。
中川さんは、うんうんと頷きながら、僕の言葉に耳を傾けてくれた。
一通り話し終えたころ、中川さんが口を開いた。
「いわもっち…、ちょっと自分の本当の声に耳を傾けてほしいんだけどね」
「…?…はい」
「本多さんに福原くんのこと伝えたでしょ?そのとき、本当は、どんな目的というか、思いがあった?」
「え?」
「情報の共有っていうことで、その場は終わっているけど、いわもっちとしては、本当はもっと望んでたことがあったんじゃない?」
「それは…」
「それは…?」
僕は当時のことを思い返していた。あの時、僕は…僕は…
なかなか言葉にならない僕を、中川さんは黙って待ってくれていた。
僕は、意を決して言った。
これが間違いなく本心だ、と思えることを。
「…福原の、評価が、落ちればいいと思っていました…」
「あははは!素直だねぇ」
「でも…本当です」
「今、自分の本心を言ってみてどう?」
僕は、この時、すでに沢山のことに気づいていた。
チームワークを大事にしている振りをして、仲間を陥れようとしていたこと。
個人的な感情に、本多さんや中川さんを巻き込もうとしていたこと。
福原に関する情報だって、よく考えたら、西山さんの個人の意見かもしれないのに…
「本多くんとぎくしゃくしている、福原くんのほうが尊重されてるって、本多くんが言ってたの?」
「…いえ」
「そりゃそうだよねぇ」
「え?」
「本多くん、いわもっちのこと、すごく褒めてたんだよ」
「ええ?い、いつですか?」
「うーん、クライマークライマーさんの案件の直後だったかな」
「えええ?な、なんて…?」
「あいつは穏やかな人柄で、誰とでも折り合っていける、て。俺にはできないって」
「本多さんが、ですか?」
「うん、でも、私もそう思うよ。仕事をする上でね、好き嫌いや気持ちの浮き沈みがない状態って、すごく大事だと思うんだよね」
・・・そうなのかな。
「いわもっちの強みは、ニュートラルな状態を保てることだね」
・・・そうなのかな。
「少なくとも、私と本多くんは、そう思ってるよ」
そっか…僕は、自分の強みを、自分で否定するようなことをしてしまったんだ…
「で、どうする?」
「え、どうするって??」
「ま、あとは自分で考えるんだね。あ、もう行かなきゃ!じゃあね!」
「え、あ、はい、あの、あり、がとうございましたっ!」
颯爽と立ち去る中川さんの後姿を、僕は戸惑いながら見送った。でも、心の中には温かいものが流れているようだった。
同日、21:55。
この時間になると、フロアに残る人はまばらになる。そんな中に、僕と本多さんもいた。
「おーい、岩本、もうそろそろ帰れよ」
デスクから本多さんが声をかけてくれた。
僕は再び意を決して、本多さんのデスクに歩み寄った。
「ん?どした?」
顔を上げた本多さんに、声を掛けた。
「ちょっとだけ、今、話していいですか?」
「おう、いいよ」
僕は本多さんの隣の椅子に座った。
「なぁによ?」
はにかみながら、本多さんが僕の顔を見てきた。
「そういや、久々だな、岩本とゆっくり話すの」
「はい、ですね」
「で、なに?」
「ちょっと、本多さんに、謝ろうと思って…」
「謝る?何を?」
「その、前に、福原のことで…」
「福原のこと?お前、何かしたか?」
「え、いや、その…」
「あの、SPMから聞いた話か?」
「・・・はい」
「で?」
僕は、率直に謝った。
福原に苦手意識があったこと、福原のネガティブ情報は自分の個人的な感情から伝えたこと、中川さんに相談したこと。
「なんか、中学生みたいな話ですね…ほんと、くだらないことに付き合わせてすみません」
「わははは、ほんとだよ、お前。下らねぇよ、ははは」
「すみません…」
「わかったよ、もういいって。お前、この件で、なんか学べた?」
「はい、めちゃくちゃ学びました…」
「俺もさぁ、やっぱ人間だからさぁ、人に関するネガティブなこと聞くと、こう引っ張られちゃうんだよねぇ…」
そっか、そうだよな…本多さんは、平等に接しなきゃいけない立場だもんな、申し訳なかったな…
「でも、ま、お前がちゃんと成長したんだったら、いいんじゃね?別にお前に対する、俺の評価は変わらねぇよ」
ちょっと胸が熱くなった。
「ありがとうございました!」
「脱皮したな、脱皮!」
脱皮…そうだ、きっと、今の僕に必要なことだ。
明日、福原とランチでも行こうかな。
オフィスを出ると、昼の日差しを裏切るように、思いがけず涼しい風が吹き抜けた。
僕の気持ちは、いま、ちゃんとニュートラルに戻ったはずだ。
つづく
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